【高専中退】幸せと悲しさを乗り越える(2021.07更新)

脳への投資
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だいぶセンチメンタルで重いタイトルですみません。
でも、内容もきっと重いかもしれません。
私自身は、それほど重く受け止めていなくても、周りから「重っ!」と言われることがしばしばあるのでご了承を。

幸せと悲しみが同時にくる

窓枠に肘をついている女性受験うつと診断された次男ですが、部屋でうつうつとしてるかというとそうではなく、外出もするし勉強もしている状態。家族とも笑って話をしています。
現在、自動車教習所に通っていて、ゆっくりながらマイペースにこなしているようです。

一時期は、思考回路がほとんど働かず心療内科に行っていた頃に比べると、今の状態は「幸せだな」と思える。心から。
けれど、一方で普通の高校生としての楽しみを過ごせなかった悔しさと、このままで彼は大丈夫なのだろうか?という不安が押し寄せて無性に悲しくなってくる。
人間の気持ちというのは、こうも複雑か…、と諸行無常ばりにモヤモヤとした気持ちから抜け出せない時があります。

それでも、たしかに嬉しくて幸せな気持ちは存在するのです。

将来の不安を捨てる勇気

yoggini at the cliff

実は、高専を中退した直後から将来の不安がないわけではないのです。
(どっちなんだい!)
そのため、次男に進学先を怒涛のごとく提案していました。
国立、私立、専門学校、通信制大学、etc…
片っ端から大学案内、学校案内を取り寄せて、
道はいくらでもあるよ!さあ!どれにする!

みたいな。

それが仇となったわけです。
それが、彼のやる気を自立を自信を妨げていたのだと思います。

親としての役目ばかり気にしていた

その時は、彼のどこまでも広がる未来に少なからず希望をもっていたし、時間や勉強できる環境が彼を自動的に育ててくれるものだと思っていました。
激しい勘違い。
親として恥ずかしい限りです。

「親としての自分の役目」ばかりに気を取られ、彼の「気持ち」には見向きもしていませんでした。

巷で話に出る「ブルドーザー親」だったようです。
まったくもって自覚はなかったのですがね。

将来の不安への対処

私は、人よりビビリです。
将来起こりうるであろうリスクは可能な限りつぶして行くタイプ。
石橋を叩いて…叩きすぎて割ってしまうタイプです。

次男の進路についても、石橋を叩き割っていたのだと思います。

これはもう、私(親)の将来への不安をどうにかするのが先だと悟りました。
だからといって「不安にならないようにする」というのは厳しい。
試しに頑張ってみたけど、できませんでした。
そらそうだ、だって不安になっちゃうもんだもん。

そこで、考えついたのが「不安を手放す」こと。

アドラー心理学の「課題の分離」とヨガ哲学の合わせ技である。

具体的にいうと、
次男の将来への責任は次男にある → 親がどうにかできるものではない → 親が不安に思っても無駄(課題の分離)
不安を自分の思考から遠くに追いやり、「今」に意識を集中させる → それでも現実が変わるわけではないが気持ちには余裕が生まれる(ヨガ哲学)

おかげで、勝手に思い悩む回数はだいぶ減りました。
その分、彼への負担が減っていることを願います。

まだまだあがく予定です

A tree in the grassland

とはいえ、「勝手にしなよ。でもその責任はすべて自分でとるんだよ」なんてことは微塵も考えていません。
この世に生を受けた以上、幸せな人生を送ってほしいと思っています。

ですので、彼が前向きに進んでいけるように取り組んでいます。
それは何かというと「会話」です。
会話といっても、大人が子どもに話す結論有りきのものではなく、彼を「知る」ための会話です。

情報過多の現在は、ともすると自分自身のことを深く考える機会が奪われている側面もあるなと感じています。
昔、本やテレビが情報源だったころ、ぼーっと自分のことを深く考えていたような、
そんな機会が今は乏しくなっているのではないかと。

だから、会話することであらためて彼自身をみつめる機会を作ってみようと企んでいます。
私は、めげませんよ。
諦めたらそこで試合終了ですから

高専中退はやっぱり…

窓際でほおづえついてる男性

結果がよろしくないと、過去の出来事について「あれがよくなかったんじゃないか」「あれをしなければこんな風になっていなかったかも」
とタラレバをよく考えます。

例にもれず、私もこれまでよく考えていました。
何度も別のシチュエーションをシミュレーションして、何が間違っていたのか、どうすればよかったのかと。

それでも、何度考えても高専を中退したことは仕方ないことだったし、正解かはわからないけれど、決して間違いではなかったと断言できます。
どちらかといえば、高専に進学したことが間違いだった。

いまさらですけどね。

ただ、考え方は人それぞれだということは前置きとしてあるのですが、
どんな進路を選んだにしろ間違いなんてない、と思っています。

46年生きてきたからわかります。
決めた通りの人生を歩む人は一握りであり、そうでない人の方が圧倒的に多いのです。

10代に出会う分岐点も、その後出会う分岐点の一つに過ぎません。
チャンスも時間も作り出せる環境にあります。
なにより大事なのは、その時時できちんと悩んで自分で選びとれていたか、だと思うのです。
勝手な理屈ですけどね。

だから、次男はもちろんですが長男も長女も、きちんと迷い選び取っていけるよう、
できればそのときに側で見守れたらな、というのが私の願いです。

金銭的な将来の不安をなくすために、投資の記事も書いています。
興味のある方はよければ読んでみてください。

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